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松平健さんと暴れん坊将軍。不思議な偶然。

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 今月になり週末になりますと雨のため外出できず、ブログのネタに困ってしまいます。今日は歴史ネタを書く事にしました。
 松平健さんといえば、暴れん坊将軍(徳川吉宗)で有名ですね。

 ところで徳川家は、元々、松平の姓を名乗っていました。そのため徳川家康は、元々、松平家康でした。
 その前は松平元康と名乗っていましたが、元康は今川義元の「元」だったため、「元康」の「元」返上して「家康」と名乗るようになりました。

 江戸時代になり、親藩、譜代、外様の区別ができました。
 親藩とは徳川家の親戚の大名です。御三家(紀州、尾張、水戸)と会津藩の会津・松平家、福井藩の越前・松平家です。
 御三家以外は松平姓を名乗っていました。他にも徳川家康の子孫(女系)で松平姓を名乗っている譜代大名もいました。白河藩の久松・松平家です。

 ところで親藩は幕政に携わる事はできませんでした。
 寛政の改革を行った老中・松平定信は徳川吉宗の孫ですが、譜代大名の久松・松平家へ養子へ行ったため、譜代大名の扱いでした。

 しかし幕末の非常時には親藩が幕政に関われないという規則が破られました。文久の改革です。
 福井藩の松平春嶽、会津藩の松平容保が幕政に関わるようになりました。

 ところで本題に戻りますと、松平健さんの「松平健」は芸名です。
 暴れん坊将軍に抜擢されたため、「松平健」という芸名を使うようになったのか。それとも暴れん坊将軍に抜擢される前から「松平健」という芸名を使っていたのか。

 そう考えますと気になりますね。

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