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インドネシア・スマラン。明の冒険家の鄭和ゆかりの地
夏季休暇の間、私はインドネシアへ行ってきました。2週間ぐらい、インドネシアの旅行記でひっぱりたいと思います。
8月10日、ジャカルタから飛行機で1時間の街・スマランに到着しました。インドネシアでは5本の指に入る大都市です。
今から約600年以上前、明の永楽帝(2代目皇帝)が大航海を企画した際、団長として鄭和を任命しました。
鄭和はスマランを拠点にアジアを航海しながら、西はアフリカまでたどり着いたと言われています。
鄭和はイスラム教徒でした。イスラム教徒の鄭和が団長に選ばれた理由ですが、一説には西方はイスラム圏だったため、イスラム教徒の団長にすれば円滑に物事が進めることができるというわけです。
スマランには鄭和を祀った寺院があります。その中でも最大の寺院がサンポーコン寺院です。中国語表記では「三宝洞」です。
「サンポー」とは鄭和の昔の名前「三宝」に由来します。現在の中国語(北京語)は北方の発音のため「三宝」は「サンパオ」と発音しますが、当時の官話は南方発音だったため「サンポー」と発音します。ちなみに漢字の音読みの呉音、漢音も南方発音になります。
寺院の中を散策しますと、鄭和がインドネシアにやってきた事を説明する壁画があり、その内容の説明の看板にはインドネシア語、英語、中国語で書かれていました。そして鄭和が過ごした洞窟を模した入口がありました。その中に入りますと鄭和が祀られていました。
ところで鄭和はイスラム教なのに、不思議な事に仏教寺院に祀られていました。
観光しながら世界史の復習になりました。