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明治から100年間近く、米輸入国だった日本

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 明日は大嘗祭です。
 通年ですと11月23日は新嘗祭ですが、今年は天皇陛下が即位された年なので、大嘗祭が行われます。
 五穀豊穣や国民の安寧を願う祈祷の儀式です。

 私達は現在、国産の米を食べる事ができます。先人に努力によって米が自給できるようになったためです。
 しかし、明治以降の100年間、日本は米の自給はできませんでした。明治になり人口爆発したためです。

 日本が米輸入国だったのは意外かと思われますが、実際、米輸入の統計の資料がネットで閲覧できます。4~6ページ目にあります。
 戦前日本の資本主義の貿易構成の変化について(福島大学:PDF)

 戦前の米不足の状況の資料もあります。
 わが国の水田農業をめぐる諸問題(1)(日本農業研究所研究報告『農業研究』第28号:PDF)

 明治以降、日本は朝鮮半島や東南アジアから米を輸入していました。
 李氏朝鮮と貿易戦争になり李氏朝鮮から「米の輸出を止めるぞ」と脅された事もありました。
 そして、米不足解消のため、台湾統治時代、蓬莱米を開発。日本向けに生産を行いました。

 人口爆発による食料不足は深刻だったため、少しでも人口増加を抑えるため、移民政策が行われました。
 南米に日系人が多いのは、日本での人口爆発のため、日本国内では養えないという事情があったためです。

 戦後、朝鮮半島の独立、台湾の独立に伴い、日本は国内での米増産を行わざる得ないようになりました。
 給食でパンが主流になったのは、米が不足している日本。小麦が余っているアメリカという構図があったと思われます。
 1950年(昭和25年)、後の首相になった池田隼人は「貧乏人は麦飯を食え」という発言がありました。
 この発言は、戦後間もない日本では、とても国内で米が賄えないため、米を輸入すると貴重な外貨が流出するという事情がありました。

 しかし増産を頑張りすぎた上、パン食の増加に伴い、昭和40年代には自給率100%を超え、今度は米余りのため減反政策という真逆の事を行うようになりました。

 先人たちの努力で米の自給率100%になりました。ありがたくご飯を頂きたいですね。

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