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皇族復帰して天皇になった宇多天皇。節分の豆まきが始まった時の天皇
2月3日は節分。節分の豆まきは1100年以上前、宇多天皇の時代に、鞍馬山から出てきた鬼を退治した事から始まったとされています。
ところで宇多天皇といえば、一度、臣籍降下して皇族から民間人になったものの、皇族復帰した人物です。
そして皇族復帰後に天皇なった最初の人物です。
皇族復帰した人物が天皇になれた理由。時の権力者・藤原基経がいたためです。
本来なら天皇になれるはずもなかった宇多天皇。それを実現させたのは藤原基経がいたためです。自分の言いなりになる人物を天皇にしたわけです。
藤原基経に頭が上がらない宇多天皇。宇多天皇は天皇の補佐職になって欲しいと要請しました。
当時、幼い天皇を補佐する摂政という役職はありましたが、大人の天皇を補佐する関白はありませんでした。この時の与えられた役職名は「阿衡」です。
「阿衡」の由来は、中国で、殷の湯王の時代の宰相・伊尹(いいん)の名前です。その後、中国では「阿衡」は王を補佐する役職になりました。
宇多天皇は「阿衡」という役職を藤原基経に与えたら大変な事が起こりました。
藤原基経は「実権のない名誉職なんて要らん」と激怒した上、「俺、仕事やらんぞ」と言い、引きこもってしまいました。
最高実力者で最高実務者が激怒して引きこもりをしたため、国政が動かなくなる事態になりました。
この時、藤原基経をなだめたのが菅原道真です。菅原道真の説得により藤原基経は機嫌をなおして職務に復帰しました。
菅原道真は学者家系でしたが、宇多天皇の引き立てられ、右大臣にまでなるという異例の出世を果たした人物です。
宇多天皇を見ると、色々な事が知る事ができて面白いですね。