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アフリカ系アメリカ人によるリベリア入植のはじまり

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 1820年2月6日は、アフリカ系アメリカ人によるリベリア入植しはじめた日です。Wikipediaで「2月6日」を調べるとありました。
 Wikipediaに書いている事は鵜呑みにはできませんが、リベリアの話を書くことにします。

 アフリカのリベリア共和国(Republic of Liberia)は「自由」を意味する「Liberty」に由来します。アフリカ系アメリカ人(黒人)が建国したため、あたかも自由の国と意味があるようですが、そんな単純な話ではりません。

 当時のアメリカはWASP(ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント)が力を持っていました。
 プロテスタントの一種の清教徒達が新天地を求めてアメリカ大陸に渡り、建国したのがアメリカ合衆国なので、WASPの国という意識がありました。
 そんな意識だったため、プロテスタントの白人から「アメリカは白人の国なのに、黒人がいるのはおかしい」と主張が出てきて、黒人を移住させようとしました。その時、移住先だったのが、アメリカの植民地だったリベリアでした。
 
 そして奴隷から解放された黒人がリベリアに移住し、1847年に黒人の国家として独立しました。
 奴隷から解放され、自由を得た黒人が移り住んだから「リベリア」になりました。

 ところでリベリアの首都・モンロビア。1824年に名付けられた。当時のアメリカ大統領・モンローにちなんだ付けられました。
 そしてリベリア国旗はアメリカの国旗にそっくりです。違いは赤・白の線が11本(アメリカ国旗は13本)、星は1個(アメリカ国旗は1本)です。
 そして言語は英語です。なんだかアメリカの植民地を連想してしまいそうですね。

 ところで外務省のサイトにリベリアの基礎データが載っています。
 リベリア共和国(外務省)
 リベリア共和国(外務省:PDFファイル)

 2006年、アフリカ初の民選による女性大統領が生まれています。アメリカでは、まだ女性大統領は登場していませんので、アメリカよりも早いですね。

 アフリカは、普段は縁のない国です。でも、船籍登録の際の手数料の安さから、パナマに続いて、リベリア船籍もあります。
 神戸港や大阪港など主要な港へ行きますと、リベリア船籍の船に出会えるかもしれませんね。

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