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自治都市だった堅田。滋賀県大津市堅田。

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 2020年度の大河ドラマ「麒麟がくる」の最初の頃、自治都市・堺が出てきました。
 しかし堺よりも前に自治都市だった場所があります。堅田です。そこで堅田へ行った時の話を書きます。

 明智光秀の居城がありました坂本から、琵琶湖の沿岸に沿って、さらに北東に行きました所に堅田があります。
 平安時代中期の1090年、堅田は京都の下賀茂神社の御厨(所領)になりました。それ以来、御膳料として琵琶湖の鮮魚を献上するのと引き換えに、漁業権を得た上、各種役務の免除がありました。そして琵琶湖交通の通行権も得ました。堅田の人達は、特権を得た事になります。
 堅田は琵琶湖でくびれている所に位置し、対岸までの距離が短いため、湖上交通の要所としても栄えました。

 そして堅田の人達は特権を守っていくうちに、自治の精神が芽生え始めました。自由都市が形成されていきました。
 歴史は比較しますと面白いのが、似たような時期にヨーロッパでも13世紀頃から商人や職人による自治の精神が芽生え、自由都市が形成されていきました。

 下鴨神社の御厨とあっては、他の勢力が簡単に手出しできない所でした。
 中世の人は神仏を本気で信じていたのかどうか、わかりません。しかし建前上、神仏への信仰心のため、神仏に関する物には手を出しませんでした。
 一休宗純が修行したお寺、本願寺の中興の祖・蓮如が京都を追われ、金森(滋賀県守山市)、堅田と移り住んだのも、自由都市だったのと関係があるかもしれませんね。

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