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東海道51番目の宿場町・石部宿。滋賀県湖南市

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 10月15日、滋賀県湖南市にあります石部宿へ行きました。石部宿は東海道の51番目の宿場町になります。
 JR草津線の石部駅前は宿場町を思わせるような関所跡の再現がありました。逆光だったので、カメラ映りが悪くなってしまいました。
 そして旧・石部町(現・湖南市)のマンホールの絵柄を見ますと宿場町の建物が描かれています。

 宿場町の歴史を知るため、まずは雨山文化運動公園内にあります東海道石部宿歴史民俗資料館へ行きました。
 当時の宿場町の町割り、台帳などの古文書がありました。町並み模型もありました。
 資料館の外には宿場町の建物(旅籠や農家など)の再現がありました。再現であっても当時の人々の暮らしや営みが感じられますね。
 
 この日、石部宿まつりが行われていました。鳥取県の北栄町のブースがありました。北栄町は名探偵コナンの作者・青山剛昌さんの出身地です。
 湖南市と名探偵コナン。コナンつながりで湖南市と北栄町との間で交流が行われています。きっけかは何であれ交流があるのは素晴らしいですね。

 さて資料館をあとにし、宿場町を散策する事にしました。どことなく宿場町の雰囲気が残っています。
 この宿場町の名物は田楽のようです。浮世絵師・安藤広重の「東海道五十三次」で石部の田楽茶屋が描かれています。その田楽茶屋が再現されています上、田楽を食べることができます。
 散策していますと本陣跡がありました。そこには明治天皇が宿泊された記念碑がありました。

 ところで湖南市ですが名探偵はいません。ネット記事でも話題になったようです。
 「名探偵はいませんが…」 滋賀・湖南(こなん)市の新キャッチコピーが完全にアレだと話題|Jタウンネット

 湖南市には名探偵コナンはいなくても猿飛佐助はいました。三雲山で修行したと言われています。
 甲賀忍者の里は、甲賀市と思われがちですが、甲賀の範囲は広く湖南市も含まれています。湖南市の三雲山にも甲賀忍者がいました。
 今回、時間がなかったため三雲山には登りませんでした。そのため忍者修行はできませんでした。

 湖南市に名探偵コナンはいなくても、甲賀(こうか)忍者がいるといえば、宣伝効果(こうか)はありますね。

 余談ですが甲賀の読み方は「こうが」ではなく「こうか」が正しいです。
 なぜ「こうか」ではなく「こうが」という読み方が広がってしまったのか。名探偵だと謎を解いてくれるかもしれないですね。

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