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徒然草に出てくる仁和寺。京都市右京区

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 仁和寺といえば高校の古典で出てきました吉田兼好の徒然草に「仁和寺の法師」があります。
 2月23日、その仁和寺へ行きました。

 仁和寺は光孝天皇の時に建設が始まり、宇多天皇の時代の仁和4年(888年)に完成しました。
 宇多天皇は仁和寺を大変気に入りました。そして上皇になった後、出家して日本初の法皇になり、仁和寺に住みました。
 それ以降、皇室出身者が住職を務める、皇室とゆかりのあるお寺になりました。皇族出身者が住職を務めるのは1867年まで続きます。約1000年ですね。

 建物をみますと、大半は江戸時代初期でした。宇多天皇の時代の建物はありません。宇多天皇時代の建物などは応仁の乱で焼失したためです。
 応仁の乱で、ボロボロになった京都ですが、豊臣秀吉をはじめ、時の有力者が京都復興を行いました。

 ところで、仁和寺の再興は少し遅れて、1640年以降になります。
 時の将軍・徳川家光が上洛の際に、仁和寺の住職だった覚深法親王が、家光に仁和寺の再興を申し出て、家光は承認しました。
 そして順次、建物が建設されるようになりました。五重塔、経蔵です。

 ところで本堂ですが、建設されたのは1611年です。他の建物に比べて30年早いですが、それには訳があります。
 1611年、徳川家康が、京都から豊臣色をなくすため、豊臣秀吉が建設した京都御所をなくして、新たに御所を建設しました。
 その時に建設された紫宸殿が、1640年代に仁和寺に移設されました。政治色が絡んだ歴史を垣間見る事ができます。

 ちなみに、この地の事を宇多野と言います。宇多天皇の諡号が「宇多」なのは、宇多野の地名に由来します。

 仁和寺の歴史を見ますと、京都の歴史が垣間見えますね。

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