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酒造会社・呉春。大阪府池田市

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 6月28日、阪急池田駅付近にあります町屋、一件の酒屋会社を発見しました。呉春です。
 お酒好きの方ならご存知かもしれませんが、体質的に酒が飲めない私なので、お酒の知識はありません。
 そのため池田市と酒造が結びついていませんでしただけに、非常に驚きました。

 「呉春」は池田市で現存します最古の酒屋会社です。
 名前の由来は2つ説があり、機織の呉服(くれは)に由来する説と、江戸時代の画家・松村呉春からとった説です。
 呉服(くれは)につきましては、7月2日のブログで紹介しています。

 池田市の酒造りの歴史を調べてみますと、室町時代の後期にはじまったようです。
 猪名川という水運の良さを活用し、酒蔵の町として栄えました。同時期、伊丹も猪名川の水運の良さを活用し、酒蔵の町として栄えました。

 そして池田の造り酒屋だった満願寺屋九郎右衛門が江戸幕府に取り入り、江戸幕府の保護の下で池田の酒造りが発展しました。
 江戸の町では池田と伊丹の酒で占められる勢いでした。

 しかし、1776年、満願寺屋が持っていた御朱印が取り上げられ、満願寺屋の没落と共に池田の酒造りが衰退していきました。
 その後、灘の酒(西宮・神戸の海岸部)にとって代わられることになりました。灘の酒は、伊丹の酒造技術が灘に伝わった事に由来します。そのため伊丹、池田からみますと、灘は後発組になります。

 摂津国の伊丹、池田、灘の酒造の主戦場が江戸(大消費地)。酒造会社の歴史を調べてみますと、違った歴史が垣間見えて面白いですね。
 なぜ満願寺屋が御朱印を取り上げられたのか。その辺りの事情を知ると、もっと面白い事がわかるかもしれませんが、調べてみましたが、わかりませんでした。

 私は体質の関係で日本酒が飲めません。そのためブログでは利き酒紀行が書けないのが残念です。

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